虚無人間観察日記

無色透明は綺麗な色。無職透明は汚い色。

音楽の多様性に追従し過ぎる人間はどこで落ち着けばいいのだろうか。

音楽の聴くジャンルがひたすら幅広い人間について考えた。

 結局何が聞きたいのか

ひたすらに音楽に親しみ、一定の居住地を置きたくないかのようにまた別のジャンルへと渡り音楽仙人と化す人々は落ち着く場所があるのだろうか。

自分は音楽仙人達に憧れていた。様々な音楽で楽しそうにしているのが非常にうらやましかった。博識のようでキラキラカッコよく見えた。

自分はある時から好きなジャンルというか好きな曲の感じが完全に固まって変動しなくなった。言葉ではうまく言えないけどこういう感じが好きなんよというのが決まった。

そこからは何を聞いても自分の好きな曲ルールに当てはまっていないと良い曲もハマりはせずに良い曲と判断だけして聞かないことが多くなった。曲の良さはわかるけど馴染まないのでどうしようもないのだ。車や飛行機、電車、バスとそれぞれメリットがあるように個性がある。僕はその中で完全に自転車以外が馴染まなくなった。それだけである。

馴染むと頑固になるがルールに当てはまった曲を見つけると気に入ることが出来るので気持ち的には楽である。家だ。

しかし、様々なジャンルに移る人はこの感覚を覚える前に移動するので常にバックパッカー状態である。

色々なものに触れるのはいいことだし好奇心に満ち溢れているのは正直羨ましい。

けどマイホームで自分の基本を理解してみるのもいかかがですか?